「筋肉はあるのに転ぶ」のはなぜ?足腰の筋トレだけでは防げない転倒と「脳」の意外な関係

福島県いわき市で活動している健康運動指導士、介護予防運動指導員の手塚幸恵です。
認知機能低下予防が期待できるシナプソロジー®というエクササイズの教育トレーナーであり、メンタルトレーナーでもあります。運動することは脳の認知機能に良い影響を与えることが分かっています。運動のことや脳のことを分かりやすくお伝えし、運動実践につなげていただきたいと思っています。

「転ばないように毎日歩いています。」
「スクワットも頑張っています。」
健康教室などでも、このようなお話をよく耳にします。
実際、足腰を鍛えることは転倒予防に欠かせません。
ところが、それでも転倒してしまう方が少なくないのです。
「こんなに運動しているのに、なぜ転んでしまうの?」と疑問に思ったことはありませんか?

今回は、「転倒」と「脳」の意外な関係についてお話しします。

「筋肉があるのに転ぶ」のはなぜ?

私たちは普段、歩く時や階段を上り下りする時、「足を出す」という動作を無意識に行っています。そのため、「転倒予防=足腰の筋トレ」と考えがちです。
もちろん、太ももやふくらはぎ、体幹の筋力を維持することは非常に大切です。筋肉が衰えれば、足が上がりにくくなり、つまずきやすくなるのは事実だからです。

しかし、どれほど足腰が丈夫でも、脳からの指令や「周囲の危険を察知する力」が追い付いていなければ、転倒を防ぐことはできません。

歩くという動作は、単に筋肉を動かすだけではなく、以下のようなステップを踏んでいます。

【人が安全に歩くための4ステップ】
①見る:目の前の状況を見る(目・感覚器官)
②認識する:「段差がある」「地面が滑りやすい」と理解する(脳の認知機能)
③判断・指令:「足を高く上げよう」「少し右に避けよう」と判断し指令を出す(脳から神経系へ)
④動く:身体が指令通りに動く(筋肉・関節)
この一連の流れが、一瞬で行われて初めて、私たちは安全に歩くことができます。

つまり、どんなに強固な筋肉を持っていても、脳の認知と判断の過程で遅れや誤認が生じると、足元への対応が間に合わず、一瞬でバランスを崩してしまうのです。

「脳の認知機能の低下」がどのように転倒に結び付くの?

年齢を重ねると、脳の情報処理は少しずつゆっくりになります。
すると、一度に注意を向けられる範囲が少し狭くなったり、注意を別の物へ切り替えるまでに時間がかかったりします。

つまり、一つのことに集中すると、それ以外の情報に気付きにくくなるのです。

若い頃や脳が活性化している状態では、注意の範囲が広く、歩きながらでも周囲の風景、足元の小石、遠くの信号、後ろからくる自転車など、さまざまな情報に同時に気を配ることができます。
しかし、加齢や疲労、ストレスなどによって、脳の認知機能が低下してくると、注意の範囲がギュッと狭くなってしまいます。
ですから、「段差が見えなかった」のではなく、「段差は目に入っていたけれど、脳が重要な情報として処理できなかった。」ということが起こり、転倒につながってしまうのです。

あなたは大丈夫?「脳の注意の狭まり」セルフチェック

「自分はしっかり前を見て歩いているから大丈夫」と思っていませんか?

専門的なリハビリテーション医学や脳科学の現場では、「歩く」などの運動と「考える・話す」などの認知動作を同時に行うテスト(二重課題/デュアルタスク評価)を用いて、脳の注意分配機能や転倒リスクを測定しています。

先ほどお伝えした「脳の情報処理の遅れ」や「注意の狭まり」は、日常のちょっとした行動にサインとして現れます。ご自身の日常を振り返ってチェックしてみましょう!


【診断結果とアドバイス】
0個:【良好】注意のバランスがしっかり保たれています!

脳の注意分配機能・空間認知ともに良い状態です。現在の健康的な運動習慣や生活リズムをそのまま維持していきましょう。

1〜2個:【やや注意】脳の注意領域が少し狭まっているかもしれません

疲れやストレスが溜まっている時に現れやすいサインです。「歩くときは歩行に集中する」「一歩ずつ足元を意識する」など、丁寧な動作を心がけてみましょう。

3個以上:【要ケア】脳の「注意分配機能」がお疲れモードのサイン!

脳が情報を同時に処理する力や、空間を正しく把握する力が低下している可能性があります。足腰の筋トレだけでなく、後述する「脳トレ運動」を日常に取り入れて脳を活性化させていきましょう。

※ご注意(免責事項)
本セルフチェックは、脳科学やリハビリテーション医学における「二重課題評価」や「有効視野(UFOV)」の研究概念を参考に作成した、日常生活における気づきのための目安です。医学的な診断を行うものではありません。急激な歩行のしづらさや物忘れなどを感じられる場合は、医療機関(脳神経外科や物忘れ外来など)へのご相談をおすすめします。

転倒を防ぐカギは「デュアルタスク(2課題処理)」と「脳の活性化」

脳の注意の範囲を広げ、転倒を防ぐためにはどうすれば良いのでしょうか?
答えは、「脳と体を同時に使うトレーニング」を行うことです。
専門用語でこれを「デュアルタスク(2課題処理)」と呼びます。「歩く(運動)」+「計算する(認知)」のように、2つの異なる動作を同時に行うことで、脳の前頭葉(注意をコントロールする司令塔)が活性化し、注意の容量が広がるのです。

特別な器具を買う必要はありません。
まずは、「体を動かしながら、少し頭も使う時間」を作ることから始めてみましょう。

今日からできる「脳トレ運動」の例

・散歩をしながら:季節の花を5種類探してみる
・歩きながら:100から3ずつ引いて数えてみる(100,97,94・・・)
・信号待ちで:その日の夕食の献立を考えてみる
・家の中で:ラジオ体操や音楽に合わせてリズムを変えながら足踏みをしてみる
・体操で:左右で違う動きをする手遊びや体操に挑戦してみる
どれも、「脳が少し考える場面」を作ることが大切です。

日常生活でできる!「脳の注意」を散らさない3つの習慣

安全な場所での「脳トレ運動」はおすすめですが、実際の日常生活で危険がある場合では、事故を防ぐために「注意を散らさない工夫」が大切になります。

①「〇〇しながら」をやめ、「一動作一集中」を心がける

日常の危険が潜む場所での「ながら動作」は転倒のもとです。
・買い物中:献立を考えながら歩く。値札を見ながら歩く。財布を探しながら歩く。買い物カートを押しながら周りを見渡す。
・病院の待合室:名前を呼ばれ、「あっ、私だ。」と立ち上がった瞬間。バッグを持ち、診察券を戻し、椅子を避けながら歩く。
・横断歩道:信号を確認する。左右を確認する。車の音を聞く。周りの人を避ける。時間内に渡ろうと急ぐ。
歩くことだけでなく、多くの情報を同時に処理しています

若い頃は、2つ3つのことを同時にこなせても、年齢とともに脳の情報処理には時間がかかるようになります。これは誰にでも起こる自然な現象です。1つのことなら問題なくできても、同時にいくつものことを行うと、少しずつ余裕がなくなってきます。そのため、以前なら気付けた小さな段差や障害物への反応が遅れてしまうことがあります。

日常の転倒危険要素を減らすためには、一度立ち止まり、「立ち止まってから次の行動をする(一動作一集中)」を心がけましょう。

②部屋の中の『ごちゃごちゃ(目に入るジャマなもの)』を減らす

脳の働きが低下すると、散らかった環境から危険を見つけ出す能力(空間認知能力)が低下します。床に置かれたコード類、めくれ上がったカーペット、脱ぎっぱなしのスリッパなどは、脳にとっても、足元にとっても「罠」になります。
床には物を置かないシンプルさを保ちましょう。

③外出時は「5メートル先」と「足元」を交互に見る

下ばかり見て歩くと視野が狭くなり、周囲の危険に気付けません。逆に上ばかり見ていると足元の段差につまずきます。「遠くを見る(全体の確認)」と「近くを見る(足元の確認)」を、交互に意識して視線を動かすことで、注意の範囲を広く保つことにつながります。

【私の父の話】
私の父は、腰が曲がってきたせいもあり、下ばかり見て歩きがちです。幸い、まだ転倒したことはありませんが、周囲への注意が欠けてしなう瞬間があります。そのため、「時々立ち止まって、腰を伸ばして遠くを見るようにしたら良いよ。」と伝えています。

「まだ元気だから」のうちに始めましょう

「転ばないから、まだ大丈夫。」
そう思っている今こそ、始めるのに最高のタイミングです。転倒予防は、転んでから始めるものではありません。元気に歩けている今だからこそ、脳にも体にも良い刺激を続けることが、これからの生活につながります。
筋肉は、使わなければ少しずつ衰えていきますが、それと同じように、脳も使う機会が減ると働きが低下しやすくなります。

だからこそ、「体を動かす習慣」と「脳を働かせる習慣」の両方を続けることが、いつまでも自分の足で歩き続けるための大きな土台になります。

まとめ

転倒予防というと、「足腰を鍛えること」が真っ先に思い浮かぶかもしれません。
もちろん、筋力やバランス能力を維持することはとても大切です。
しかし、それだけでは防ぎきれない転倒があります。
歩くためには、筋肉だけでなく以下のような脳の働きも欠かせません。
・周囲を見る力
・必要な情報を選ぶ力
・注意を切り替える力
・とっさに判断する力
など、脳の働きも欠かせません。
歩くという何気ない動作は、実は「脳と体が力を合わせて行っている共同作業」なのです。
これからは、「筋肉の運動」と「脳の運動」の両方を意識してみませんか?
毎日の暮らしの中で、少し体を動かし、少し頭も使う。そんな小さな積み重ねが、転倒を防ぎ、いつまでも自分らしく元気に歩き続ける未来につながります。

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